俺はなんばんぼし

釣具屋と不動産屋の

第32回「今日の一枚」

 ずいぶん長い事タイムスリップをしてしまっていた。私は「おもひでおじさん」という異名を持っている。どこかに誰かと出かけたりした際に、必ず写真を撮るようにしている。大量に。すると人は少し馬鹿にしながらこういうのだ。おもひでおじさんと。

 

 この習慣は大学3年生くらいから生じたものだ。iphone4Cというスマートホンを初めて購入したためである。今の若い人たちデジタルカメラというものを知っているのかはなはだ疑わしい。当時は3人に1人はデジタルカメラを所有していたことだろう。今はスマートホンで事足りる。一眼レフやミラーレスなどのいいカメラは趣味の領域のため、持っている人は少ないだろう。さらに言えば、デジタルカメラが世に出る前は、コダック社のフィルムを用いていたようである。写ルンですとか最近流行っているようであるが、結局データにするらしい。私はデジタル世代なので、そのころのことはあまりよく知らないが、ただ、写真の写り方は独特のものがあり、なんとなく胸を打つものがあることは共感できる。少し話がそれたが、私にとってiphoneは革命的で、高画質の写真を手軽にたくさん撮れるようになったので、この習慣がついたのだ。

 

 すると、私のハードデスクには200GBもの写真データが蓄積されており、東京の不動産屋が出してくれたお題、今日の一枚に応えるべく、過去の写真を見ながら、当時にタイムスリップを行っていた。

 

 学生時代、私は学寮に住んでいたため、ずいぶん多くの人と様々な場所に行っていたらしい。というのも写真を見ても当時の事を思い出せないものが多い。なんとなく、その場所にいったな、という事は思い出せるが、なぜそのメンバーで、どこに行ったのか、という前後関係が全く思い出せない。主に北海道を旅行していたため、風景が似通っているというのもあるだろう、写真を見ても場所を特定できないものが多いのだ。だいたいが広い空と、淡い海と、すすきと、ポプラと、真白の雪と、笑顔の人たちが写っている。

 

 今では連絡も取らず、どこで何をしているかも分からない者たちが大半である。先輩、同輩、後輩。多くの人たちが写っている。ああ、もう少し早くこの習慣を始めればよかったと後悔している。というのも、私が大学1,2年目のころ、当時4年目だとか5年目だとか8年目だとかいうかなり上の世代にかわいがられていたのだ。その頃にも様々な場所に連れて行ってもらった。が、当時の写真があまりないのである。思い出せるシーンはあるものの、思い出せないものの方が多い。タイムスリップも出来やしないのだ。

 

 なので、私は是非とも写真を撮りまくることをオススメしたい。同じ時を過ごした人の事を思い出せるようにだ。

 

ここで今日の一枚というか、私の一枚を紹介したい。

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 これは北海道知床付近にある野付半島での一枚である。トドワラともいうところだ。

正確には思い出せないが、たぶん9年前くらいだと思われる。この場所の何がいいかというと、何もないのだ。何もないがある。この写真はこの地に初めて足を踏み入れた時のもので、それ以来、心を奪われ幾度か訪れている。北海道で一番のお気に入りの場所である。

 

 数キロの簡単なハイキングコースの様になっており、歩いてよし、馬車に乗ってもよしだが、貧乏学生徒歩一択、ぽてぽて歩いて先端まで行ったものだ。初めは背より高いすすきが広がっていたように思う。すすきの道を抜けると、トドワラが見え、海がすぐそこになる。木の橋道を歩き、先端まで行く。海を眺めると水平線の境目がなくなり、どこからが空で、どこからが海なのか分からなくなる。夕暮れには地平線と水平線が一体となり、橙色のコントラストの世界のなか、時間の感覚を失う。

 

 しばらくかの地を訪れていない。最後に行ってから6年は経っているかもしれない。しかし、この初めて訪れた時に、私の中に座標が建てられた。何か転機が訪れるとき、何かを忘れそうなとき、何かを求めるとき、このトドワラを再び訪れる気がする。確かな予感だ。

 

今日はここまで。次は東京の不動産屋で、テーマは、「座標」にしましょう。

 

文責オガサワラ(大阪、29歳)