俺はなんばんぼし

農機具商と不動産屋による共同ブログですの

第ΠЭ回「2021年3月2日 階下の苦情にテンダネス」

町田康はドアベルの音を「インオン」と表記しますが、確かにインオーンと聞こえる。このところ破産する勢いでレゴブロックを買い漁っているため、連日連夜、ドアベルが鳴らされる。毎度、ドアの向こうには郵便局かクロネコヤマトの配達員が立っており、その腕には我が愛しの樹脂の塊たちが抱えられている。しかし、今日は郵便局の配達員でもクロネコヤマトのそれでもなかった。佐川急便でもなかった。赤帽でもなかった。NHKでもなかった。モルモン教の勧誘員でもなかった。立っていたのは、アパートを管理する会社のサラリーマンである。

ついに来てしまった。階下の苦情である。いつかなにかしら来るのではないかなと予感しながら皿を洗う、猫の糞を片付ける、ソーイングビーを鑑賞するなどして生活してきたが、やっぱり来たか。足跡、じゃない足音がちょっとうるさいそうなんですよ、少し気をつけて歩いてくださいね。とサラリーマンは言った。

サラリーマンの話が終ってドアを閉めると、いやでもちょっと待て。と私は思った。が、まず自らの姿勢を検めることが肝要だ。とすぐに思い直し、確かに最近は日中でも部屋の中をよく歩く。テレワーク、などとすぐにカタカナ語を遣わずに自宅勤務、とそう呼べばいいのに、テレワーク。でも私は自分の部屋を自宅、とは思えないので自宅勤務という言葉もつかえないってことは、じゃあ、遠隔勤務か。その遠隔勤務ではもちろん電話がかかってくるが、困ることがあって、自分には込み入った話になると座って離せない癖がある。「どこそこで大根買ってきて、あと鶏の胸肉」くらいなら座るなりなんなりして話を終えられるが、たとえば「大根を買いたいと私たちは考えているがあなたはこの蔬菜に合う季節の料理を提案してください、また大根を使ったその料理から得られる栄養素および熱量のシミュレーションを調理時間に分けて3パターン示してください、また大根を買う販売所までの交通ルートおよび交通費を明確にして領収書を貼付したうえで5営業日以内にメール便で輸送してください、料理にかかる経費は別に最低3社以上の合い見積もりを取得してください」などと言う話は座っては無理で、たいてい仕事の話はこういった類のものが大半で、複数人がかかわって糸が絡まるだけ絡んだものになっている。込み入った話を座って完了させられるほど有能でない私は、仕事の話となるとつい座っていられずにそこらを歩き回ってしまうことになる、長くなってしまったがこれが困ることだ。そして、階下の苦情の原因のひとつになっているのだろう。

まったくの他人とある程度の空間を共有して生活している以上、いけ好かないことが起こるのはお互いにあって当然なので、自分ではなんとも思っていない・あまり気を配っていない事で苦情が発生するのは予想していた。できることならいがみ合うことなく過ごしたい。なので、今日より私は足音を消す歩き方を意識して生きていきたい。忍びの道である。2021年は忍びの年である。もう2か月終わったけど。

そのようにして、人間であれば譲歩という術を心得ているため、こういういざこざがあっても柔軟にやっていくことが可能だが、人間以外はどうか。たとえば自分の部屋には人間以外の生き物として猫がいるが、こいつはどうだろうか。「シマリスちゃん、世のため人のために足音を立てないで生きて行こうね。忍びのように生きて行こうね。なぜなら生きることはこれ、忍ぶことと同義だからね」などとやさしく諭したとしても、たぶん無駄なのだろうなと思うね。玩具鼠をみれば走り出し、何もいない空間を凝視していたと思ったら熱湯をかけられでもしたのかと思うくらいの疾走を始める。そういう生き物だ。人間同士のせせこましい小競り合いには辟易としているので、やつらは日がな超然として寝ているか寝転がっているかしているのだろう。

だからといって、猫に関しては何もしなくていいのか、というとそうではないと思う。
しかし、猫の足音についてはどうすればよいのか、ひとつも具体的なアイデアが浮かばないままに最早PM11:40。

そういえば管理会社サラリーマンの話が終った時、いやちょっと待て、と思ったのを自分でも忘れるところであったが、このアパートには足音よりも大きな問題があって、それで、いやちょっと待て、と思ったのだった。それをあなた、管理会社サラリーマンとしてご存じなのか、と本当は聞きたかったのだった。まもなくAM0:00になるので、この問題はまた次回以降に書く機会があれば書きたいと思う。思う、ってなんだ。書きたいのであります。

猫のことは追い追い本人とも協議の上、方策を検討してゆくことにして、今日はもう就褥。

 

文責:不動産屋