第142回「飲酒の口実(4)相対性理論と」
飲酒の口実(3)以来、幾星霜、って感じですが、別にその間隙で飲酒していなかったわけではなく、日々勝手に飲酒していました。なんかすいません。
ところが最近は飲酒習慣に歯止めがかかっていて、というのが勤め先で加入している健康保険会社のプログラム「39歳以下の生活習慣病対策プログラム」なるプログラムに参加することになった結果、飲酒は筋組織の合成にこれ、悪である。という知識を植付けられたためである。ためであります。
貧乏性なわたしは、無料でうけられるこのプログラムで最大限の効果を感じたいなあ、と思ったので、しばらく飲酒も箍をかけることにしたのであった。なんて、物語調だが別に物語でもなんでもなく、ただ単に脅しをかけられたから習慣を改めてしまうような、そんな意思の薄弱なわたし或いは僕。
ただ今日は箍を外したいような気がして、そんなことでいいんですか? いいんですか? というクエスチョンも頭脳には湧いて、こんこんと湧き出しているのだが、飲んでしまったものは詮方ない、ところで、こんこん、ってなんなんですか?
そういうわけで飲酒しているのですが現在進行形でそれは、なんとなく相対性理論を聞きたい気持になって、そうして聞いております。やくしまるえつこのウィスパーボイスは相変わらず、まあCDデータなので相変わらないんですが、相変わらず内耳に心地好く響きます。
そういうわけで、自慰的自己満的目的により相対性理論の曲目から好きな曲を挙げて勝手にコメントしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。候。
5個くらいでいいかね、5位からいこうかね、別に順位とかつけられないのだけれども。
【5位】
スマトラ警備隊(シフォン主義 ※アルバム名)
これはなんですかね、はじめて聞いたのは高校2年16歳の頃だったと思い返すんですけど、その時自分は母方の祖母の家に邪魔していたんですね。夏休みでした。絶え間ない部活動の稀少な休みを使って行った、盆の一日でした。夏の朝は目覚めるのもなぜか早く、AM5時台、懐かしいような慣れないような祖母の家の布団で目覚めた僕は、すずらん灯が並ぶ商店街に散歩に出ました。祖母はその商店街の一角でローカルの飲屋をやっていて、住まいはその店の上にありましたのです。まだ涼しい真夏の朝の中をひとりで歩きながらこの曲をiPodで聞きました。確か、第二世代だったと思います。まだ、クリクリ回すホイールがついていた頃。
ゲームボーイ、スーサイド、というカタカナ語が印象的です。このふたつの関連性は別にないんですが、なんとなくナウ感を感じました(今も逆説的に)。この頃はまだシフォン主義しかアルバムがなく、そのアルバムも5曲しか入ってないんですが、ゲームボーイとスーサイドとウィスパーボイスにやられたので、5曲をえんえんと聞いていた記憶があります。夏の朝はなぜ脳裏に焼かれるのか、わからない。
【4位】
さわやか会社員(ハイファイ新書)
これもなんなんですかね、とにかく間奏と終奏(しゅうそう、って打ったらこの言葉出なかったんですが、正しい日本語じゃない?)のギターソロがセクシーです。特に後者。レモン汁、水滴、レモン、夏の結露、プール、みたいな夏みたいな、水分ごとき要素というか、ちょうどよく濡れつつ乾いてもいるような雰囲気を感じて、固いみずみずしさというかな、そういう10代後半から20代前半みたいな感じがあって、それがなんともいえず愛憎にまみれていて、カタルシスを感じさせられます。
一説によるとこの曲のモチーフは、男漁りが激しい女の子らしいんですが、その節を知るまでそんなことは一切感受することなく勝手で遠い爽やかさを感じた(感じている)ものです。
なんか夏だな、相対性理論は。
【3位】LOVEずっきゅん(シフォン主義)
これはあれですね、まずベースラインがどうしようもないほどかっくいい。ベースギターを弾けない体たらくでも、思わず真似してよがりたくなるほどに、かっくいいです。
これもスマトラ警備隊と同じくして、無限に近いループで高校の時分に内耳に染み込ませました。
(あれ あれ いきなり脳卒中 わたし)年がら年中 貝殻集めて歩くの 由比ガ浜
二人が急接近したあの日から 貝殻集めて歩くのやめました
この歌詞が素晴らしいですね。ちょっと平安時代の感じもあるので合せると、げにやんごとなし、ですね。
PVの天気予報や飛行機(おそらく国際線)が飛び交うのもまたよし。
【2位】気になるあの娘(シンクロニシティーン)
これは浪人の時分に一番聞いていました。うまく言語化できないんですが、この曲の疾走感と、当時勉強することでしか地球上で存在価値を主張できなかった状況に伴う焦燥感、がマッチしていたのかもしれないです。多分、不安定な時期に一番聞いた曲なので、自分のなかでコンプレキシーなためかえってコメントできないのですが、とりあえずこの曲で出てくる「香港」「九龍」が確実に自分のどこかに刻下されてしまいました。あの島の混沌とあの頃の自分の混沌がまじりあう感覚がある。
香港は仕事でしか行ったことはないですし、最近は通りのけばけばしい看板も規制されてるのか控えめになってますが、漢字が横溢した路地と狭苦しいながらも生のエネルギーが滲む夜が印象的です。欧米に行ってもシンパシーを感じることは少ないのですが、香港は勝手にシンパシーを感じる。
【1位】夏至(天声ジングル)
これは目下のお気にです。夏至はもはや過ぎましたが、未だ大暑ということで盛夏ではあり、夕暮れ、一級河川越しにみる夕焼けがとても美しいので、なるべく18時台に退社したい今日この頃です。
この曲はなんていうんですかね、夏の爽快さと湿気がパラドキシカルに極上のブレンドで混合していて、英語でいうとnothing to sayまたはbeyond discriptionという趣で、日本の夏を細微かつ忠実に、できるだけ現代的に表してる感じがあって好きです。この夏の捉え方は言葉にならないというか、自分の語彙では表せない領域で、やくしまるえつこはすごいなあ、と思います。
おとなしくテレビをみるのよ
という歌詞の凄みがすごいなあと思います。
他にも、BATACO、救心、テレ東、YOU&IDOL、品川ナンバー、ケルベロス、おはようオーパーツなどコメントしたい曲はあるので機会があれば整理したいと思います。
文責:不動産屋
第141回「飲酒の口実(3) 二級の新道」
足首が痛い。右の足首の関節、いわゆる足首が痛い。左とちがって私の右の足首はなんでか知らぬが時々痛み、これはあれかな、捻挫がへきになっているのかな、とかそういうことを思うことがあるが、湿布なんどの医薬品を使用しても、いっこうに良くなる気配はないのであって、そうするとこれは捻挫ではないのではないだろうか、とするとなになのだろう。と思って思いつくことには痛風、というおっさんがよく陥る症状なのだが、確かに30代も半ばにさしかかろうとしている私は立派なおっさんだ。そして日々欠かさずに飲酒をこれ、している。痛風を患うおっさんは大抵、酒を飲んでいる。ということは、私は痛風なのかも知らん。これを演繹という。
再来週、某大手ドラッグストアで店長をしていた経歴を持つ先輩人と会う約束があるので、その際に聞いてみようと思う。
そういうわけで今日もまた飲酒しながらこれを書いているが、今日の飲酒の口実として挙げたいのは、帰途にある橋の途中に新設された新道である。この道は一級河川に架かる橋の途中に突如として現れたのだが、その道は一級河川に並んでなんとなく流れている二級河川の川沿いに続いている。自分は前から、この二級河川の川沿いをふらふらしてみたいな、と思っていた。川は好きだし、河川沿いも好きだし、一級よりも二級の方がマイナーなので人も少なさそうな感じがあって、そういうところが好きだ、二級河川に対しての個人的な想いとしては。
しかし、新道ということで、新、というその一字でもって、人々がなんとなく群がることは容易に想像せられ、混雑した二級河川というのは意味が分からないため、新道に曲がれずにいる。
とはいえ、今日をもって二級河川に沿った河川敷へと続く新道がこれ成ったということで、悦ばしいことである。ハッピーである。そういうことなので、今日も焼き酎を飲むのです。
不動産屋(33)