俺はなんばんぼし

釣具屋と不動産屋の

第十三回「ブロッコリー マイラブ」

五味彬という写真家の写真集を一冊持っている。100人ものアメリカのねえちゃん達が赤裸々、というか全裸になって突っ立っている。その写真が300ページ超にわたって続く写真集だ。

五味彬、いや五味彬さんにはまことに申し訳がございませんが、私、この写真集はエロ目的で買い求めました。だって私はただの成年男性であり、そこにうら若き女体が写っていたのだから。
今になって思えば、私の脳みそが腐ってございました。結論、五味彬さんには完敗いたしました。エロがないのです。いや、エロスはそこに存在しているのかもしれませんが、人々の性欲を鼓舞し発散させるような、そういった商業的なエロスではないのです。何と表せばよいものか、私めなどの下郎には皆目検討もつきかねますが、芸術というのでしょうか、神秘というのでしょうか。人間の五体に宿る、黄金律というのでしょうか、不思議というのでしょうか。そういったよく分からないものを考える気持ちになってしまいました。性欲は彼方へ消えました。完敗でございます。

といった写真集で、本当に色情がわかない。幼稚な私は、裸=エロ、としか考えておりませんでしたが、人間の裸にはそれ以外の要素が多分にある。だがそれが何なのか、謎である。実に興味深い一冊だ。


また、この写真集には裸の謎以外の謎がある。
いつこの写真集を買ったのか定かでないが、今もたまに開いて眺める。写真のほかに、モデルのプロフィールが巻末にまとめられていて、ある女性のプロフィールがその謎だ。
プロフィールには食べ物の好き嫌いの項目があり、それぞれ好き勝手に寿司だのチョコレートだのスパイシーフードだのと挙げているが、問題の女性の好きな食べ物には「ブロッコリー」とあり、嫌いな食べ物は「ブロッコリー以外の全ての野菜」とある。
彼女になにがあったというのか。
ブロッコリーは確かにおいしい。素揚げにでもすれば最高だ。茹でても焼いても美味い。紛れもなく素晴らしい食べ物だろう。
しかし、人は果たして、ブロッコリーだけを愛し、それ以外の全ての野菜を恨むことなどできるのだろうか。

おそらくは。
彼女の家は代々ブロッコリー農家を営んでいた。規模は小さいながらも近辺に確たる市場を持ち、愛し合う夫婦にふたりの子供、それにひょうきんな祖父と愛犬ベスーが暮らす一家には、いつも希望の明かりが灯っていた。ある時、賭博癖のある父が知り合いの広告マンにおだてられて作ったTVCMが大ヒット。全国的に名を馳せた一家は豪農となり、全米に販売網を広げていく。
が、ある日突然隣地に玉ねぎ農家がやってきて玉ねぎ用の農薬を散布した途端、ブロッコリーの生育は異常をきたしてパセリみたいなブロッコリーしか収穫できなくなった。他の野菜を手がけてみようと、知り合いの農家に支援を求めるも、けんもほろろ、自分の収益を穫られてはかなわんと言っては手をさしのべてくれる者はおらない。みな、一家の豪農ぶりに嫉妬していたのである。やはりブロッコリーで再起を図るしかないかと、なんとか改善をはかるもことごとく失敗に終わり、荒れたブロッコリー畑に雑草がおびただしく生えてきた頃、一家は変わりはじめた狂いはじめた。思い込んだ父親は拳銃で自殺、母親は悪酒に明け暮れて家庭内暴力、祖父は859件の万引きで刑務所、父の跡を継ぐように言われて育てられた兄は実は玉ねぎの方が好きだったため仇の一家へ婿入り、愛犬のベスーは散歩中にちょうちょを追いかけてそのまま失踪。
一家の離散、暗鬱な私。
玉ねぎ一家が憎い、いや、どんなにこいねがっても助けてくれることのなかった全ての農家たちが憎い。やつらの作るとうもろこしが、トマトが、米ナスが、レタスが、セロリが、ジャガイモが、ニンジンが、カボチャが憎い。気分はもはや自棄糞、こうなったら己はブロッコリー一本でこの先生きる、やったる。
床が抜け窓ガラスが割れた家の中で、吹き抜ける砂塵を吸い込んで彼女は叫んだ。サノバビッチ!

ということが、あったのではあるまいか。
あるいは、前世でひとかけらのブロッコリーに命を救われたのか、また実は彼女、ブロッコリーの妖精なのか、それとも別にさしたる理由もなくなんとない気分で答えただけなのか。
なんにしても、経緯がまったく分からない。

個人的な希望をいえば、彼女にはブロッコリーを唯一の神とたたえる信仰を興し、なんだかんだと人間至上主義な宗教界に新風をふかせてほしい。
野菜を神聖なものとする文化は、アステカやマヤの神話にとうもろこしの神が現れることを考えれば、そうおかしな話ではないだろう。
彼女には頑張ってもらいたい。


ページをめくればめくるほど、謎が深まり、増えてゆく。
よくわからないことが多々発見され、妙に惹かれる一冊となっている。
ちなみに定価は1500円だが、私が買い求めた時は15000円であった。絶版になっているのかなんなのか知らないが、この値段も「なんだか得体のしれないものを所持している」感があって、不埒な高揚を感じる。そこもまた惹かれるのです。


次回は農機具商のお話です。
文責 : 江戸川の不動産屋(28)