俺はなんばんぼし

釣具屋と不動産屋の

第12回「月」

先日、会社でのホットタイムでの事。「ホットタイム」という聞きなれない言葉に戸惑う読者も多かろうと思い、少し説明をさせてもらうと、なんてことはない、午前中に1回、午後に1回決まった時間に与えられる10分間の小休憩である。ここでちょっと珍しいのが、このホットタイムの主目的は「喫煙」である。最近と言えば、世間的には嫌煙の風潮である。居酒屋でも喫煙が出来ないというところも珍しくはない。当然私は喫煙者なので、この小休憩を待ちわび、時間になったらるんるんで喫煙所に行き、紫煙を吐いてぼおっとすることにこの上ない幸せを感じるので、就業時間中のホットタイムは非常にありがたい存在なのである。かように喫煙の時間をお上が制度として設けているのは、私の勤務地が工場であるからだろう。生産ラインの人がホイホイてんでバラバラにタバコを吸いに行ってしまったらおそらく一生ラインは回らないだろう。中毒者たちはまとめるに限る。だから、ホットタイムを設けているのだ。ところで工場というのは面白い人間が多い。腰が90°に曲がった鉄の切削くずを無限に運び続けるおじさんや、二カっと笑ったら歯が全部ないことがばれてしまうおじさん、就業時間中に男子トイレの個室で「ああぁ、気持ちいぃ」など雄たけびを上げるおじさんたちなど、なんとも個性的な面々がそろっているのだ。

話がそれた。

そんなホットタイムでの事。私がいつも通りタバコを夢中で吸っていると、同じく喫煙者の後輩がやってきた。同じ時間にタバコを吸うのだから毎日のように顔を合わせる。ホットタイムの10分間が2回、さらに昼休みに2回の計4回。時間にすると40分近い時間を彼とともに喫煙している。お互いに忙しいそこらへんの夫婦なんかより十分な会話の時間を取っているのだ。当然目新しいニュースなんてそうそうあるもんではないので、話す事なんて特にない。仕方がないので、私は先輩、彼は後輩という立場の差を利用し、最近変わったことはないかい、と無理に何かの話をさせて場をつないでいるのが常である。その日もいつものように、最近どうだね、と話をしたところ、彼は目をるんるんと輝かせて話し始めた。

「このまえ、とうとう彼女と共同で口座つくったんすよ」

ほう。後輩の彼は彼女と付き合ってから3年がたっている。今年から彼女も晴れて社会人になったそうなのでいよいよ二人でお金を貯めるらしい。

「それは結婚資金としてかね」

恐る恐る尋ねる私。何を恐れているかは分からないだろうが、とにかく私は恐る恐る尋ねたのだ。

「もちろんそうです。月々それぞれ2万円ずつ。ボーナスの時は10万円で、4、5年で400万円ためて結婚式とかハネムーンに使おうと思っているんですよ!」

前途洋々、意気軒高。そんな4文字熟語が彼には非常に似合っていた。後輩の彼は23歳。一方私は現在28歳。彼の5年後はつまり現在の私。私の5年前はつまり現在の彼。現在の私と言えば結婚はおろか結婚を前提とした女性はもちろん、夢中になっている女性もいない。さらに言えば貰ったお金は湯水のごとく使い切るという、まるで江戸時代の職人の様な性格があだとなり、貯まったお金といえば雀の涙。まるで貯金などはありもしない。しかも彼は私より5歳も若いという無敵の武器まで持っている。なんとも言えない居心地の悪さを感じながらも、先輩として弱いところを見せるわけにはいかぬ。

「り、立派だなあ。君はなんて立派なんだ」

と何とも間の抜けた表情で、間の抜けた言葉を発するのが精いっぱいだったのだ。

 

<月とすっぽん>

意味・・・表面的には一見同じもののように見えるが、二つのものの違いがあまりに大きすぎて、比較にならないことのたとえ。

 

文責:おがさわら(大阪、28歳)