俺はなんばんぼし

釣具屋と不動産屋の

第76回「フリの代償 / 暗闇シャワーが暖かい」

どういう星のもとに生まれついたのか、自分は割とフリをするのがうまい方で、幼き頃は良い子のフリをして教師の好感度を戦略的にあげていたので通信簿の成績で5以外の数字を見たことがない。人物欄には性格温順にして明朗、自由な発想を持ち、誰とでも仲良く、はきはきとした素直な児童、と記載されていた。今で言うと、優良児的に盛る、映えさせることに成功していた。本当は、陰湿で、凝り固まった思念を抱き、特定の人間としか親しくせず、どもりがちで暗い児童だったのだが。

そうしたフリをする傾向は齢30になっても残っており、まったく仕事に熱心でないのに熱心なフリをしている現在のわたし。おかげで仕事がどんどん廻ってくる。

これは例えば、「部屋に閉じ込められてそこは密室、どこかで水道が壊れているのではないか、漏水は家主の責任だよ、などと思っていたら漏水などの比ではなく密室にどぼどぼと流れてくる水、あふれる水、そんな大量の水に恐れおののくのはわたし。そんな状況で落ち着いてゐられるものがあったら、尊敬するね崇拝するね、そういえばガンジーと言う人は偉い人であった、崇敬に値する人物であった、などと思っていたらほらね、水がそこまで迫っているんだよ、もう。そんな感じで密室は流れてくる水で満ちていき、水が天井にせり上がってくる、そんでわたしは魚類ではなく哺乳類なので鰓呼吸ができぬ、水中に長時間潜むことがこれ、できぬ。まあ哺乳類でもカモノハシとかいうやつは水中をフィールドとしているようだが、残念ながらわたしは人類、カモノハシではないのであった。そんなことを思う余裕もないというのは今はまだ密室のうえの方に空気が残っているから、そこへついついと泳いで座標を維持していれば呼気吸気ができる、つまりは酸素と二酸化炭素ほかを心臓にて交換することができる、つまりは生存していられる、ということでそれは慶賀すべきことなのだが、思うに、流れてくる水はやがて、そのわたしに残されたこの世でたったひとつのオアシス、そのオアシスには水もないのに。っていうか水から逃れるためのオアシス、ってそんなオアシスがあるかどうか世界を知らぬわたしは知らぬが、とにかくこのオアシスもやがては水に侵され、満たされ、その水はわたしの肺腑をも満たし、やがてわたしは死ぬるだろう。鰓呼吸すらできないから。嗚呼、やっぱりだよ、もうこの部屋には空気は残っていないのだ、死ぬ前に一度、ゴンドワナ大陸の片鱗を感じたかった。

思えば酸素というものに感謝したことが私にあっただろうか。なかったとは言い切れない。同時にあったとも言い切れない。つまり、なんとも思ってなかったということなのだろう、酸素というものに対して。生まれ変わったらヘリウムのつまった風船になって、空のかなたに飛んでいきたい。どこまでも、且ついつまでも。

そんな感じでこの世を儚んで両手を空に仰いだところ、大気に触れている感じがする。濡れた諸手が空気にふれてひんやりしている感じがある。というのはつまり、まだ天井に水が届いていないということだ。わたしは混乱のあまり混乱していたのだった。まだいける、生ける。と思っていたのもつかの間で、またもや密室は水に満たされた。そしてまた、酸素というものを思い、風船になって飛んでいきたくなった。そしてまた、上空に大気があることに気づいた。そしてまた、水が満ちた。そしてまた、大気を感じた。そしてまた、そしてまた、そしてまた、そしてまたそしてまたそしてまた。。。。。。水の充満と大気の出現はいつまでも続くのであった。この密室は人知を超えた空間であり、水が満ちる度に上に向かって無限に延長を続けるものであるらしい、そして水はそれこそ湯水のように無尽蔵でとどまることを知らないのであった。 完」

非常に分かりにくい話になってしまったが、要するに、さばけどさばけど仕事が無限に湧いてくるように感じられ、わたし疲れちゃった、ということである。熱心なフリをするのをやめ、5分おきに喫煙所におもむき、商談は3分で終わらせ、残した時間を休憩と称して公園でハトに餌をやる、というスタイルにすれば、誰も仕事を頼んでこなくなるのだが。
スーパーマリオ64というゲームがむかしあった。姫を助ける趣旨のもと、いろんな世界で化け物と戦ったり謎解きをするゲームだが、水に満たされた完全な密室からスタートするステージがあって、それがわたしは怖かった。どこにも逃げ場がない。オアシスがない。水だけがある。水のない場所がほしい。マリオは水中で酸素を消費する。度を超すと窒息して死に至るため、プレイヤーは彼が窒息する前にステージをクリアしなければならない。クリアするとどういうからくりなのか、その密室からは出られるのだが、それはゲームの中の話であって、もし現実世界に同じような密室のステージがあったとして、それをなんとかクリアしても、そこからどうやって出るのだろうか、出られるはずがないではないか、出入り口がないのだから。なんて、ひとりで勝手に恐怖する。そもそもこれはゲームの中の事象なのだから、そこまで恐れなくてもよいでしょう、と言う人があるかもしれないが、まあ確かにその通りだ。しかし、あの密室で完全なる水中に閉じ込められた配管工の息苦しさと、現実世界の閉塞感はどこかつながっている気がする。

というわけで、月曜から疲れちゃったので、なにか趣向を変えたいなと思ったので、本日の入浴は暗闇で行った。シャワーだけだけど。暗闇で浴びるお湯は、明るい浴室で浴びるそれよりも温かい気がした。もとい、暖かい気がした。心情的な問題。

 

文責:不動産屋