俺はなんばんぼし

釣具屋と不動産屋の

第95回「淀川の花火大会」

土曜日の夕方にうとうとと眠気が来て、少し遅いお昼寝をした。

盛夏が過ぎ、大分涼しくなってきた。晩夏の夕方ほどお昼寝に適している時間はない。

なんというゴージャス。サラリーマンにとって金曜の夜から土曜日は黄金の輝きを放つ特別な時間なのだ。それを昼寝に使う。あまりにも優雅な時間の使い方と言える。

 

で、すやすやとゴージャスなお昼寝をしていたのだが、発砲音の様な爆音と人々の歓声で目が覚めた。何事かと思った。

 

今日、淀川の花火大会があったのだ。3年ぶりに開催できたらしい。私は開催場所のごく近所に住んでいる。私の黄金昼寝を邪魔したのはその花火大会であった。

 

6年近く住んでいるにも関わらず一回も花火を見たことがなかった。例年お盆付近に開催されるため、帰省とか、どっかに出かけてたりしていたのだ。そのため、淀川の花火大会を肌で感じたのは初めてであった。

高いアパートに囲まれているため家からは見えなかったが、花火が炸裂するたびに、一瞬光り、炸裂音がする。と同時にびりびりとアパートが震え、ご近所さんの歓声が響く。

 

一瞬見に行こうかなと思ったが、行かないのが私。なに、近くで見なくてもこうして家の中で、音と振動を感じれば、その情景は目に浮かぶ。家の中で花火大会に参加とは乙じゃないの、ふふ。ただ出不精な性格なだけだが、そんな訳の分からない事を考えながら、私はリズミカルになる花火大会の音を楽しんでいた。

 

そして開始から1時間もたったころ、花火の音がやんだ。ご近所さんも、終わったかなー、なんて言っていて、もう終わりか、と思った矢先。怒涛のクライマックスの始まりだった。

 

絶え間なく炸裂する花火。ドンドンドン、ドーンドンドンドンドーン、ドパパパパパパ。それに呼応して、歓声もひときわ大きくなった。ご近所の、淀川一体のボルテージが上がっている事が分かった。空気が花火と歓声によってびりびりと大きく震えていた。そして一尺玉だろうひと際大きな音を最後に、花火大会は幕を下ろした。みな、思い思いの声を上げていた。

 

久方ぶりの花火を心から楽しむ声。鬱屈したものを心から霧散させようとする声。まだ完全に解放されていないことによる怒り声。様々な感情のうねりが花火大会にはつまっていた。そんな音に感じた。

3年ぶりの開催。来年も再来年も、開催出来ればいいと思う。

たまや。

 

文責おがさわら(大阪、31、サラリーマン)