俺はなんばんぼし

釣具屋と不動産屋の

第53回 夏の風物詩

最近はめっきり秋めいてきて、山々が生娘の頬のように紅葉するのもあと僅かであろう。

エアコンのない夏というのは意外となんとかなった。台風の影響からか、大阪では8月初旬から甲子園が危ぶまれるほどの長雨が続き、例年より早めの晩夏を連れてきた。甲子園球児は大変な思いをしたと思うが、一市民はこの長雨に救われたのだ。

とはいえ、例年は大体が7月の中旬から8月の中旬ぐらいの長くて3週間が、室内においても熱中症に繊細な注意を払うべき期間で、扇風機とかき氷系のラクトアイス、麦茶は欠かせない。いわば夏の風物詩たちである。

 

夏の風物詩といえば何か。スイカに海、サファリパーク。風鈴。風鈴はガラスや鉄などさまざまな材質のものがあるが、南部鉄器の音はこと風流である。時が一瞬止まるような清涼さがある。花火にプール、カブトムシ。海にキャンプにひまわり畑。図書館なんかもひんやりしてていいね。1日図書館で過ごして夕暮れに外に出た時の体にまとわりつくぬるりとした外気は私は嫌いでない。

とはいえ一番の風物詩はやはり怖い話であろう。

 

私は怖い話が結構好きなのだ。ちなみに私は幽霊を人生で2回見た自負がある。大体が見間違いだと思うが、存在しないことを証明するのは大変らしいので、あると信じていただきたい。

一度は札幌で、もう一度は仙台で見た。札幌は学寮で見たのでもしかしたら不審者だったかもしれない。一方仙台はガチ。夜の港でのことだった。

 

その頃私は院生で、釣りに興味を示し始めた。やることがなさすぎたからだろう。誰ともなく初めて、一人で海に行くことが多かった。

その日は夜にアジを捕まえるぞ、と気合を入れた8月の夜。2016年だったと思う。釣りを始めたてで、アジングロットなるものを購入した。ダイワの月下美人というもので1万円くらい。学生として1万円は痛手で購入するかだいぶ悩んだ記憶がある。が今も愛用している。その月下美人のデビュー戦であったのだ。

 仙台市近郊に住んでいたため、海は比較的近く、普通自動車で1時間ないくらいで到着する。事前にGoogle マップで地形を見たり、インターネットの釣果情報を頼りにその時は七ヶ浜という半島の漁港に行くことに決し、新しい釣り具を片手に、ワクワクで海へ向かった。

 

夜の10時頃漁港に到着した。小さな漁港で、防波堤が2本左右から防波堤を覆うように配置されており、湾を形成するという典型的な漁港であった。他に釣り人はおらず、こりゃ漁港を独占だね、と釣り竿をセットし、赤灯台のある防波堤の先端に向かって歩いて行った。

海の様子はというと魚がぴしゃぴしゃと絶え間なく海面をはねており、こりゃ活性が高いね、と期待を高めていた。

 

先端辺りには赤灯台に常夜灯が設置されていたのだと記憶する。常夜灯の光にアジがよってくるのだ。そこでジグヘッドに小さなワームをつけ、釣りを開始した。なかなか当たらないねえと、4、5投したとき、しゃりんしゃりんと鈴の音がした。明らかに場にそぐわない異常な音だ。反射的に音の方を見る。誰もいない空間だけが広がってた。音は防波堤の先端からした。その先は海でさらにその先には反対側に防波堤の先端がある。その日は満月で月明かりが夜を照らしていた。

凝視していると、しゃりんしゃりんと聞こえてきた。ウルトラ怖かったが、片道一時間弱、新しい竿でアジを一匹捕まえねば帰れぬ。と、海に防波堤沿いに漁船が係留されていたため、そこに鈴が付けられて、波で揺られてなっていたのだろう、と自分に言い聞かせ、釣りを続行した。竿を一振りしたその時、鈴の音がした方向から、

ああいぃああああぁぁぁっぁ

と何とも形容できない雄叫びが聞こえてきた。

さすがに震えた私は、仕掛けを急いで回収して竿を構えた。ハンターハンターゴン=フリークスの様に竿を武器にしブンブンと振るった。身の危険を感じたのだ。

しかしやはりそこには誰もいない。反対側の防波堤を注視すると、ヘッドライトの様な明かりが二つ見えた。なんだ。釣り人がいたことに気が付かなかったのか、あるいは途中から来たのか。何か大魚でも釣り上げて雄たけびを上げたのか、と安心した矢先、堤防の突端に大人くらいの大きさの黒い影が現れた。こういうときは声も出ない。私は身を固くした。黒い影がしゃんしゃんという鈴の音とともに近づいてくる。じわじわと確実に。私は一歩も動けず、近づく黒い影を凝視する事しか出来なかった。月明かりが、常夜灯の明かりがあり、ヘッドライトで照らしていはずなのに、ぼやぼやとした黒い影は輪郭を伴わずに光を吸収するのみだった。私との距離が10mほどに近づき、頭が真っ白になった時、黒い影は急に防波堤の側面から内湾の方へ90°向きを変えて進み、音もなく海に消えていった。

はじかれたように私は車に向けて防波堤を全力疾走した。走ったね。走った。よく転ばなかった。車が見え安心したつかの間。黒い影が車を覗き込んでいた。

悲鳴というものはキャー、とか甲高いものを想像していたが、私はこんなに低い声が出るのかと思うほど、野太く、短く、うえあああ、と声を出し腰を抜かししりもちをついた。よく見るとその黒い影は常夜灯が作り出す木の陰であった。泣き笑いしながらエンジンをかけ、自宅に車を走らせた。漁港には、私以外の車やバイクなどは見受けられなかった。

 

これが仙台で私が体験した心霊現象である。脚色はない。後日調べたところ、私の訪れた半島は、東日本大震災の際に津波に襲われたようである。関係があるかは定かではない。

 

やはり仙台は東日本大震災の爪痕が大きく残っていた。googleMAPで沿岸部に釣り餌屋さんを発見し、イソメちゃんを購入しようと訪れたら、周辺建物が一切なくすべて流されて更地になっていた。数本の松のみが海水に負けず生き残り、モニュメントになっていたが、少し前に枯れてしまったらしい。

 

今日はこれまで。これまでと毛色が異なってしまった。次は楽しい話を書きます。

 

P.S 札幌の地は憧憬の故郷である。単館映画館の記憶と言えばやはり蠍座。赤いソファーが懐かしい。札幌国際短編映画祭にも足を運んだ記憶がある。あれは狸小路の単館映画館だったような。淡い淡い思い出である。

 

 

文責おがさわら(30、大阪、無職)