俺はなんばんぼし

釣具屋と不動産屋の

第26回「正月の風景」

 私は実家から遠いところに住んでいるので、正月になると帰省というイベントが発生する。ついこの前の正月もいそいそと実家に顔を出した。私には兄と姉が一人ずつあり、二人とも結婚しており互いの伴侶を連れてくるので、少しずつ帰省というものの意味合いに変化が生じつつある。

 学生の頃は、正月やお盆といった時期は航空券が軒並み値上げ、金がない時分としては帰るに帰れず、夏休みや春休みの世間的には平日の経済的に優しい時期に帰っていた。となると兄姉と顔を合わすことはなく(兄姉も実家を出ている)、だいたいが両親と自分の3人で過ごすというパターンで、たいがいがのんべんだらりと過ごし、母親の作る料理を食べ、ああ、この味ダナ、そうなんダナなんて思いながら、母親の近況などをふんふんと聞いているくらいであった。これは2010年から2017年にかけての事である。

 ところが社会人になり、帰省のタイミングが正月になったため、兄姉互伴侶と遭遇するようになった。

 

2018年正月。この正月に顔を突き合わせたのは、私、両親、兄夫妻。2017年の冬に兄が結婚式を挙げた。結婚式で兄の伴侶に初めて会ったわけだが、結婚式というものは新郎新婦と話す機会はあまりなく、ややこれはどうも実弟でス、これからもひとつ、なんて杓子定規な挨拶もそこそこした程度。つまりは私と兄伴侶との関係は戸籍上家族、事実上顔見知りといったねじれの位置にある間柄のまま、正月を迎えたわけである。両親もどうやら兄伴侶とねじれの関係にあるらしく、母はやや緊張した様子で料理を作っており、父はという大五郎の4Lベットボトルを抱えていた。いざ全員が集まり、食卓を囲むと、なんとなく気を遣いあっている、そんな様相を呈していた。私としてもやはりなんとか場を和ませようと躍起になり、これまでののんべんだらりとした正月とは程遠いもので、なんといってもおならの一つもできやしない事である。これはまことに驚くべき事で、これまでは放屁の予感を感じたら即座に放出していたのであるが、兄伴侶という存在を意識したとたん、変幻自在に放屁活動にピリオドを打たざるを得なかった。これは自身が所かまわず屁をこくやつと思われたくなかったのと、ところかまわず屁をこく弟を持つ兄、にするわけにはいかなかったのである。そんな心情のもと、大腸のあたりにごろごろと違和感を感じたら、いそいそとトイレに行って後解法をするつつましさを見せていたのであるが、私の父は酔いも深くなってくると、ばこん、と盛大にかましていた。ああ、この大胆不敵さは恥ずかしい気持ちになるとともに、感慨深い気持ちにさせてもらった。

 

2019年正月。この正月に顔を突き合わせたのは、私、両親、兄夫妻。2018年と同じメンバーであり、そういえば姉はこういった状況を回避しているな、と気が付いた年でもあった。兄伴侶とも正月以来何回か会う機会があり、徐々に交流を深めたため、2018年正月ほど緊張感のない正月を迎えることが出来た。しかし、やはりこの年も放屁をすることが出来ず、相変わらずばこん、とかます父を少しうらやましくも感じたのである。

 

2020年正月。顔を合わせたのは、前半は両親、姉夫妻。後半は兄夫妻と、兄姉がタイミングをずらしたため、私としては気づかい連戦といった様相を呈した。今年の正月である。2019年に姉が結婚をした。姉の結婚相手は36歳のコミカルな関西人であった。噂によると姉と姉伴侶が結婚の挨拶に我が両親のもとに向かったさい、うっかりと喫煙者であることを漏らしてしまったらしく、そのことに対し私の父は長々と説教をかましたらしい。母はそっと、そんな前情報を教えてくれていた。姉伴侶とは結婚式を含め事前に何回か邂逅しており、慣れたものであるのだが、やはり正月という空間に新参者が現れたという印象は否めず、少し緊張感のある正月であったことは間違いない。姉伴侶とはこっそり喫煙しに行く仲になったのであるが、やはり私は彼の前では放屁をすることが出来なかった。一方食卓ではやはり何かにつけて姉伴侶を説教しようとし、相変わらず所かまわずばこん、とかます父に家長としての貫禄を感じざるを得なかった。

入れ替わりでやってきた姉夫妻を迎え、いよいよ今年こそは、と意気込んでは見たものの、やはり私としてはかますことが出来なかった。かましてこそ、初めて本物の家族になれる。そんな気がしているが、まだまだ遠そうである。ちなみに兄夫妻が今年この世に子供をリリースするらしく、更に家族が増えるらしい。私は名実ともにおじさんになるんダナ、と少し楽しみにしている。

 

ところで、今年の正月最終日の事である。姉夫妻、兄夫妻を迎えおえ、一日だけ、両親と私だけになった際に、母はテレビを観ている私に向かって、

「スカルプやってるのか」

と問うてきた。すかるぷ、という単語の意味を即座に理解できず、すかるぷってなんぞね、と聞き返すと、酔いつぶれゴーゴー寝ている父の禿頭に一瞬目をやり、

「育毛活動の事だよ、あんた」

と私の後退してきている前頭部に目をやったのちそう言い放った。何を言い出すんだこの母は、と思ったが、聞くと結婚する前に毛髪が薄くなったら結婚がいつになるか分からん、という心配からだった。すっと部屋を出ていくと、一本のスプレー缶をもってやってきた。これを使ってみなさい。そこら辺には売ってないんだから。美容室と東急ハンズで時折売っている程度で、なかなか手に入らないのよ、となんだか胡散臭い文句をつらつらと言っていたが、どうやら効果がある代物らしい。なんだかそういうものは、といった気持であったが、母の思いもうなずける。ひとつ試してみましょうか、とそのスプレーを頭皮にかける活動を行う事にした。朝晩、頭に20プッシュ行い、優しく頭皮を揉むことで効果が出るらしい。半信半疑行っていたのだが、3日もしたころである。何気に頭皮を触ってみると、毛穴から短い新たな毛が生えているではないか。ほんまかいな、と思うだろうが、毛根近くに新たな産声を感じているのである。これはすごいものを手に入れた、とうきうきしているのである。母、騙されていないか、と一瞬でも疑った私を許してほしい。という事で、2020年、私は増毛キャンペーンを展開していこうと考えているのだ。こうご期待。毛髪に光あれ。

 

次は東京の不動産屋。テーマは『2020年』にしましょう。てやんでい。

 

文おがさわら(大阪、29歳)