俺はなんばんぼし

釣具屋と不動産屋の

第34回「リサイクル」

 最近と言えば、暑さも和らぎようやくエア・コンディショナ、通称エアコンをつけずに眠れるようになってきた。私と言えばめっぽう暑がりで、とめどなく汗が流れるので基本的に涼しいほうが心地よく過ごすことが出来る。家なんかは一人でいるので、自由に温度調整が可能であるので、何ら問題はないのであるが、職場となれば少し勝手が違う。だいたい私のいるフロアには60人くらいが働いており、それぞれが暑いやら寒いやらの不満を抱いている事だろう。エア・コンディショナの風が直接当たる席の人は寒かろうし、直射日光に近い窓際の席の人は暑い事だろう。女性は本当に寒がりな人が多い。私がひいひい汗をかいてる横で平気な顔してカーディガンを羽織っている。多様的である。しかるに私は我が物顔でエア・コンディショナの温度を下げるわけにもいかず、暑い暑いと不満を抱いていたのである。

 職場に、ぶんちゃん、と呼ばれる男性がある。年は30代半ばで社会人として脂がのっている時合いであろう。毛髪にハツラツとした勢いなく、毛量も明らかに多いとは言えず、うらさみしいススキの原っぱのようで、やや肥満的体質なのか平均的男性よりも体重が重い男性である。なんとなく芋洗坂係長(一世を風靡したお笑い芸人にしてダンサー)を思い浮かべていただければ結構。彼もおそらく夏の職場温度事情に不満を抱いている男性だと察するに、タオルを首にかけている。夏場の農作業中よろしくパソコンに向かっているのだ。もちろん社会人と言えばやれ髭をそれだの、ネクタイがだらしないぞと身だしなみに関して訳の分からない注意を行ってくるようであるが、私の勤める会社も例外ではない。おそらく通常社員がタオルを首にかけて仕事を行っていれば、眉をひそめ小言を言ってくる上役連中は多い事だろう。しかし、ぶんちゃんは獲得したのだ。首にタオルをかけても何も言われない地位を。これは小さなことだとお思いの方も多かろうが、小さいことをコツコツ積み上げることこそ肝要なのである。かの有名なガンディー(インドの英雄的存在)も初めは一人で農村を渡り歩いていたそうで、徐々に徐々に共感者を増やし、独立の機運を高めていったらしい。なるほど、毎日繰り返していけば、何も言われない地位を獲得できるのか、と納得した私であるが、どうやら彼がその地位を獲得せしめたもう一つ理由があった。というのも、私は彼と席が離れており、たまたまかれの近くの席にようがあり近くに行った時の事。ある位置から、ほんのりと懐かしい匂いがしてきたのだ。懐かしい匂いというのは、部活動のロッカールーム、あるいは一日部活動を行い汗をたんまり吸ったユニフォームなどを一日放置してしまい、母に小言を言われながらエナメルカバンから取り出した時のあの匂い。いわば青春の匂いである。匂いの根源はいづこ、と懐かしさに頭がくらくらしながらさらにぶんちゃんのいる席に近づく程、匂いは強くなっていく事に気が付く私。やはり彼が台風の目であることは明らかであった。物理学に万有引力の公式というものがある。F=GMm/r^2であらわされ、つまるところ2物体間に働く引力の力は距離の2乗に反比例して強くなる、というものだ。近づけば近づく程強くなる。彼に近づけば近づく程青春を思い出させてくれる。どうやら、彼は半径5mほどにその影響力をのばしているらしかった。これはタオルを首にかけていても何も言われないのは当然で、欲を言えば制汗スプレーをあてがってほしい訳であるが、匂いというのはセンシティブな問題、本人に直接いうわけにもいかず、すっと制汗スプレーを差し出すわけにもいかない。しかもたまたま彼の席の空気は対流を起こさないのか、彼が打ち合わせなどで席を立った後も、その残り香というものが強烈にあるのだ。つまるところ、彼の周辺の席の人は非常な我慢を強いられている事を知った私は、暑いくらいで不満に思う事はやめようと心に誓ったのだ。

 

 さて、前置きが長くなったが、本題のリサイクルについて。最近の気温の高さと言えば要因は地球温暖化にあると叫ばれて久しい。地球にやさしいエコロジカルな活動としてリサイクルというものがある。私はあまりそういった活動に積極的ではないため、リサイクルとかいう活動とは縁遠くあった。とはいえ、リサイクル、と聞くと思い出さずにはいられない青春の匂いがある。

 大学生時代に私は学寮に住んでいたのであるが、そこではリサイクル活動が活発であった。数百人が生活しているため、ごみの量も相当なものである。そこには段ボールだとか、アルミ缶だとかリサイクル業者が引き取ってくれるごみも相当な量になり、2週に一度、仕訳をしてリサイクル業者に引き取ってもらうことなどをしていた。そんな活動の一環として、リサイクルバケツ(通称リサパ)なる存在があった。

 リサイクルバケツとは、生ごみをたい肥化するためのバケツで、そこにいったん生ごみを集約し、週に一回回収してもらう生ごみバケツの事である。特にたい肥化するために水分を切る必要があり、リサイクルバケツの下の方に水分を出す蛇口が付いていた。そのため、回収前に水分を切る作業があり、かなり匂いを伴うのだ。特に夏場などはかなりの匂いで、生ごみを捨てるときなどそのバケツの蓋を開ける事すらままならぬ匂いを放っていた。当時私はうぶな学生であったため、せっせと生ごみのリサイクルを行っていたものだ。

 当時、学寮の同輩にカナザワという者があった。特にこれといった特徴はなく、取るに足らないミーハーな男であった。どのくらいミーハーかというと、当時の学寮にはタバコを吸う人間が多くあったためか、彼もタバコを吸うことにしたらしい。しかしいきなりタバコを吸うのは健康に悪いと思ったのか禁煙パイポを吸い出し、徐々に体を慣らしてからタバコを吸いだす、というくらいミーハーなのである。

 ある朝、そんな彼が寝起きで居間の様なところにやってきた。なんとなく会話が始まるのであるが、急に居間に強烈なにおいが充満した。なんだかおかしいぞ、と思うや否や、リサイクルバケツのあの匂いと判明。さては何かの拍子で倒れて匂いが充満しているのではなかろうか、と何人かでどやどやとリサイクルバケツのおいてあるキッチンのある部屋に行ったが、いや、リサイクルバケツが倒れている様子はない。おかしいと思い居間に戻ると、やはり生ごみの匂いが充満している。カナザワに生ごみの匂いがするよね、と問うと、そう?おれはあんまり分かんないけど、とピンと来ていない様子だった刹那、いきなり匂いが強くなった。万有引力。恐る恐る我々は、ある要求をすることにする。

カナザワ、ちょっと、はーってしてみて。

はー、っとするカナザワ。

ここだーーー!!!

台風の目の場所が分かり、一同大爆笑に付したのである。当然その日から金沢のあだ名はリサパ野郎となり、なんの特徴もなかった彼はその後の学生生活で一世を風靡する存在になったのだ。

 

 

 

リサイクル、というお題を東京の不動産屋さんからいただたその瞬間から、この話を書こうと決めた。この話は彼も当然知っているため、おそらく、この内容を期待していたことと思われる。そうでしょう。

 

次回のお題はなんだろね、香り、とさせていただきましょうか。

 

今日はここまで。

 

文責オガサワラ(大阪、29歳)

 

スペシャルサンクス

ぶんちゃん、カナザワ