俺はなんばんぼし

釣具屋と不動産屋の

第97回「通勤の風景」

通勤先まで大体1時間かかる。電車やバスを乗り継いで行く。毎日往復2時間。会社の近くに引っ越せば良いのにと人はいう。しかしそれはあまりしたくない。なんか人生の全てを仕事に捧げてる感じがする。仕事中心みたいな。その感覚が嫌なのだ。自分でも良くわからないプライドがあるらしい。

とにかく、毎朝1時間かけて出勤をしている。

 

 

毎朝同じ時間に電車やバスに乗っていると、よく見かける、いわゆるいつものメンバーができる。このメンバーたちとはなんとなく仲間意識が生じる。話したりは決してしないが、メンバーがたまにいなかったりすると、自分は余計なことを考えてしまう。風邪かな、とか休みなのかな、とか。いよいよ見かけなくなったりすると、その人の人生に何か起きたのだろうな、と思いはせる。

 

電車といえば、大体の人がスマートホンに目を向けている。これはもうほぼ全員。しかし、早朝の通勤電車の場合はその限りではない。座っている人、立っている人、多くの人はやや下を向き目を瞑っている。スマートホンなどに目を向けている場合ではないのだ。体力を温存し、これから始まる1日に備えている。何か考えているのだろうか。いや、ただ頭を空っぽにし、瞑想しているのだろう。朝の電車は戦地に赴く輸送車かのような荘厳さがある。皆戦っているのだ。

 

 

ある朝、電車の席の端に座っていた推定40歳くらいの男性が一心不乱にスマートホンをスワイプしていた。私はちょうどその人の横の扉脇の角っちょに立っていた。スマートホンを覗ける位置だ。多くの人が目を瞑り、これからの仕事に向けて全集中している時に、このスマートホンを激しくスワイプする動きはやや目立った。ついと好奇心から何をしているのか覗いてしまった。画面には女性の顔写真がずらりと一覧になっていた。見覚えのある画面。デリヘルのページだ。すごいスピードで女性から女性へとジャンプし、時折ピタリと指が止まり、画面の女性を眺める。そのあと男性は顔をあげ目を瞑り虚空を眺めた。何かに思いを馳せているのだろう。顔は真剣そのものだった。この一連の動作を10分くらいやり続けていた。幸あれ。

 

 

 

 

通勤とはいえ、1時間も移動するのでかなりの移動になる。その通過地の一つに西成、がある。そこには私が通勤の際にいつも見かける、表情の豊かな一本の道がある。線路のすぐ脇にある道路なのだが、まず目に入るのはとんでもない量の廃棄物だ。道路脇にハンターハンターの流星街のように廃棄物が山と積まれている。そしてそのゴミ山の前に何人かの男性らがダンボールや布切れを敷き鎮座している。なにも語らず、ただじっとしているように見える。この男性らがいつも同じ人物かは定かではない。個人を特定する特徴がすっぽりと抜け落ちている。全員同じに見えてしまう。毎日違う人物が座っているかもしれないし、同じ人達かもしれない。

ゴミ山を抜けると今度は露天商が出現する。商品は地面に直置きだ。服とか時計などの身の回りのものなんかを売っているようだ。朝はかなり早いが、多くの人が露天商の周りをウロウロしている。

なんとなく東南アジアの雰囲気があるが、背景となる建物や道が日本なので、少し違和感のある。しかし謎の活気がある。

その道沿いに一つの公園がある。そこまで広くはないが、公園にはバザーや運動会で見るような白いテントが常に張られており、やはり多くの男たちがいる。日雇いの仕事が集まる集会場なのだろうが、将棋を指すもの、ラジオ体操をするもの、寝っ転がるもの、じっとするものなど様々だ。何かこう自由な感じがする。

この道を縄張りとする犬はなかなか自由だ。そこそこ広い道なのだが、その道のど真ん中でリードもつけずに横たわっている。人間界のことなど我関せず、といった感じだ。この犬の感じがもっとも東南アジア。

晴れの日はこのような感じで多くの男たちで賑わっているが、雨の日はひとっこ1人いなくなる。いったいどこに行くのだろうか。

 

 

通勤で目に着く人物といえばやはり鳩に餌まきおじさんだろう。餌まきおじさんはどこからともなく現れる。すると合図したかのように鳩もどこからともなく現れる。まだ餌を撒いてない段階ですごい数集まっていた。そしておじさんが餌を撒き、鳩がそれを啄む。鳩は、というより鳥は頭がいいのだろう。餌まきおじさんのことを覚えているのだ。餌まきおじさんがどこからともなく現れることを鳩は知っているのだ。

 

ある日。いつものように通勤していると餌まきおじさんがいた。なんかいつもより大きい感じがした。ちょうど通勤方向がおじさんに近づく方向なので、近づいてみると、大量の鳩がおじさんの身体中にのっていたのだ。頭や肩、そしてなぜかおじさんもショーシャンクの脱獄直後の主人公みたいに両腕を広げていたので、両腕にも乗っていた。おじさんは、

うぉ

だとか言って、どこか照れ臭そうにしていた。

幸あれ。

 

文責おがさわら(大阪、31、サラリーマン)