俺はなんばんぼし

釣具屋と不動産屋の

第99回「爆弾みたいな女、あらわる」

現在進行形で私の身に起きていることで少し困っている。また通勤の話で申し訳ないが、その爆弾みたいな女はある日、朝の通勤電車に忽然と現れた。

 

私はそこそこ長い通勤時間がかかる。ある駅で乗り換えをするため、その地理的都合上先頭車両が望ましい。また、電車の時間も早めると起きる時間がますます早くなり、遅くすると遅刻のリスクが高まるため、電車の時間をずらすわけにはいかない。つまり特定の時間、特定の電車の車両をずらしたくないという自身の都合がある。

 

ある日、普段は静かな朝の通勤電車で、話し声がやけに耳についた。話し声自体は別段珍しくはない。USJがあったりするので朝早くからバケーションを楽しむ人たちもいるからだ。しかし、その会話は友人同士などの類ではなく、初対面っぽい2人の会話であったため耳についたのだ。そば耳を立てると、どうやらひとりの女性が、もうひとりの女性の持ち物を褒めているらしかった。かわいいですね、どこで入手したのか、みたいなことを話しているようだった。よっぽど良いものを持っていたのだろう、しかし見ず知らずの人に話しかけるなんてなかなか積極的な女性がいたものだと、その時は感心した。

 

明くる日、いつもいるサラリーマンのおじさんが横に立っていた。そのおじさんは大体窓の外を呆然と眺めているのだが、そのおじさんの横に女が立った。女は30代後半、背は165センチほどで、やや小太りであった。

その女はサラリーマンのおじさんの横に立つやいなや、

そのメガネ、かわいいですね〜

と話しかけ出した。

おじさんは不意打ちを喰らったようで、

あ、ありがとうございます…

みたいなことをゴニョゴニョ言っていた。

私の主観だが、おじさんのメガネに特別なデザインなどはなく至って普通のメガネに見えた。無論おじさん自体も可愛くはない。

その後もどこで買ったのか、誰かからプレゼントされたのか、みたいなことを女は質問を繰り返していた。おじさんは億劫そうな感じで、はあ、まぁ、みたいな返事をしていたが、そのうち女が、

ありがとうございましたぁ〜

と礼を言い、電車を降りていった。

様子のおかしい女がいるもんだと思った。

 

 

さらに明くる日。

あまり見かけないおばさんが近くに立っていた。その横に昨日の女が現れた。昨日の女だと思った矢先、おばさんに向かって

そのキーホルダー!かわいいですねぇ〜

 

やばい女ですやん、と思った。

話しかけられたおばさんは愛想がよく、ありがとう、ほほほ、といった感じで対応していた。すかさずそば耳を立てる僕。

 

誰かからプレゼントされたものですか?

どこで買ったのですかあ?

 

先日のおじさんと全く同じ質問をしていた。

そして昨日と同じ駅で降りて行った。

僕はドキドキしていた。

 

このようなことが起きて毎朝の通勤電車がスリリングなものとなり、女がいるかを必ず探す習慣がついた。女は、その忽然と現れたある日以降、大体平日の5日中、2、3日は乗ってくることが観測された。そして、女は必ずそばに立っている人の持ち物を、

かわいいですねえ〜

誰かからプレゼントされたんですかぁ〜?

どこで買ったんですかぁ〜?

 

と老若男女問わず話しかけていた。

たまに無視する人もいた。そんな時は、

ごめんなさいねぇ〜

と言っていたので良識はあるのかな、と思ったが、降りる駅まで話しかけた人の方を向いて立ち続けていたので、やっぱりかなりやばい女であることが明らかになった。

 

この女の得体の知れないところは、話し方などはいたって普通の人であるっぽいし、服装もとり立てて変な感じもしない。が、服が毎日同じであった。そして話しかけ方が絶対に、かわいですねえ〜と持ち物を褒めることから始まっているのだ。会話をすること自体を目的にしているようであった。

 

この女が現れて以来、私は戦々恐々としている。話しかけられたら最後、電車の車両位置か時間を変更しなくてはならないと思っている。なぜなら、一度の会話してしまうと、目をつけられ毎回話しかけられる危険性を孕んでいる。かと言って無視してもじっと見られる可能性がある。そのため、この女を爆弾と表現した次第である。

 

今自分にできることは、女を先に発見し距離を保つことくらいである。もし何かの弾みで目をつけられたら最後、私の通勤になにかしらの変更を加えなければならない。

爆発しないことを祈るばかりだ。

 

 

文責おがさわら(大阪、サラリーマン、31)